囂kamabisuan庵

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5月1日

さざれ蟹足這ひのぼる清水哉 芭蕉
(さざれがに あしはいのぼる しみずかな)

今日の句は、ちょっと時期は早いけど、山間の水のきれいな湧き水の沢に足を浸して涼んでいると、ちっちゃい沢蟹が足を這い上って来たぜと、なんとも不思議な句でござる。

貞亨四年夏だとかでやんすが、芭蕉さんまだ談林風もやっちゃってますってとこでしょうか。

つまり、「わがきみは千代に八千代にさざれ石(アシ)の巌となりて苔(足のもじゃもじゃ毛)のむすまで」と新古今和歌集の恋歌をオモチャにして、芭蕉さんの足をいや岩を蟹が登って来るざますと詠んだ句だと余は思いますだ。

人はそう簡単に「俳聖」なんかに成れないのでやんす。

余もがんばって登っております。

いきなりの肉マイレージ富士登山 半可ξ
(いきなりの にくまいれーじ ふじとざん)

次はエベレストとまいります。


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5月2日

阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍 芭蕉
(おらんだも はなにきにけり うまにくら)

この句は、池西言水が延宝7年五月上旬に刊行した、芭蕉句を所収した『江戸蛇之鮓(えどじゃのすし)』に掲載された。

池西言水 いけにしごんすい ( 慶安三~亨保七)
奈良の人。通称八郎兵衛。松江重頼の門人。後に談林俳諧に移り、芭蕉との交友が始まる。

長崎駐留のオランダ人の将軍謁見は、初期の不定期から、寛永十年(1633年)より毎年一回が定例化し、寛政二年(1790年)に貿易半減に伴い四年に一回になるまで、毎年・春の花の頃に行われていたんだと。以後幕末まで166回も続いたんだと。

まさにこれ大江戸の春の風物誌。

日本人の異文化好きDNAがピキピキ刺激を受けている様よう分かりますな。

当地も

GWも花にきにけり北の街 半可ξ
(れんきゅうも はなにきにけり きたのまち)


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5月7日

鰹売りいかなる人を酔はすらん 芭蕉
(かつおうり いかなるひとを よわすらん)

貞亨四年初夏。江戸。と。

鰹売りは大きな桶をなんのその振り分けにしょい「松魚松魚」と威勢良く気短かに声を発して売り歩いていたらしい。

その様子の粹な具合は文化十年、
三世三津五郎によって中村座で演じられたという。

芭蕉のしょぼけた貧乏くさい句が情けないざんす。

ところで、初松魚(はつがつお)といえば芭蕉の友人山口素堂の句が有名だ。

目には青葉山ほととぎす初松魚 素堂
(めにはあおば やまほととぎす はつがつお)

素堂の句の前書が「かまくらにて」っうことで、
元禄五年の芭蕉の、

鎌倉を生きて出でけん初鰹 芭蕉
(かまくらを いきていでけん はつがつお)

と、なんか関係があるのかなとぼんやり思考中哉。

さてさて、当地は、

目には青葉桜木蓮梅躑躅 半可ξ
(めにはあおば さくらもくれん うめつつじ)

みさかいも無く集団で・・春いや初夏。


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5月11日

田家に春の暮を侘ぶ

入逢の鐘もきこえず春の暮 芭蕉
(いりあいの かねもきこえず はるのくれ)

元禄二年三月二十九日(1689.5.18)栃木県鹿沼市。『奥の細道』旅の途中。とな。

入相とはおてんと様が山に隠れる頃のことだから、鐘とくれば暮れ六の鐘っうことでやんすかね。

本日は旧暦で三月二十六日だから、ちょうど今時分の景色でやんすかな。

夜間徘徊はもうしない老人は、

十二時の鐘も聴かずに夏の昼 半可ξ
(じゅうにじの かねもきかずに なつのひる)

本日はあすぱらと夏野菜の天麩羅でお蕎麦です。


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5月17日

その匂ひ桃より白し水仙花 芭蕉
(そのにおい ももよりしろし すいせんか)

元禄四年十月下旬ごろ。

三河新城の庄屋太田白雪亭に逗留。

その二子に「桃先」「桃後」と俳名を与える。と。

で、芭蕉の句の水仙花は桃先・桃後のことで、どうやら白はとても純真で良いということらしい。もちろん桃とは芭蕉自身のこと。

つまり、パトロン&お弟子の白雪に「よいしょの子ほめ」っう常套手段さね。

この句に、白雪が

土屋藁屋の並ぶ薄雪 白雪
(つちやわらやの ならぶうすゆき)

クソ田舎もんでございますと、一様大いにへりくだって謙遜しております。

まあ、これが、師匠に対する当たり前の礼っうもんなんざんしょね。

これにて無事儀式終了っうとこですかね。

さて、本日は「白」がいっぱい出てきましたが、それはね、

その名聞きうれしくもあり延齢草 半可ξ
(そのなきき うれしくもあり えんれいそう)

オオバノエンレイソウが、夏の原野にいっぱい落ちていましたもんで。

皆さまも長生きしてください。


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5月25日

御命講や油のような酒五升 芭蕉
(おめいこや あぶらのような さけごしょう)

御命講とは、日蓮の命日(弘安五年十月十三日)。

元禄五年、芭蕉、四十九歳。初冬の句。

日蓮の信者たちが万燈を押し立て盛大に団扇太鼓を叩きながら表を練り歩き、「南無妙法蓮華経」の妙号を唱える声がかまびすしく耳に入ったことであろう。とか。

句のヒントは、日蓮の信徒からの贈り物への礼状、
「新麦一斗、筍三本、油のやうな酒五升、南無妙法蓮華経と回向いたし候」からだと。

いったい「油のような酒」とはどんな状態なんだべ?

新麦・筍っうことゆえ、時候は初夏。日蓮さんが手にしている酒は古酒とは言わぬがかなり熟成がすすんで「とろとろ」ちゅうとこですかね。

そうそう、ど田舎の片隅で、油入れのオブジェクトの門柱をみっけたっけ。そんで、季節も弁えず「油つながり」で、今日の芭蕉句っうことだわさ。

薫風や角の護りの油入れ 半可ξ
(くんぷうや かどのまもりの あぶらいれ)

どちらも平和のためにとでも祈っておきます。


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5月27日

灌仏や皺手合する数珠の音 芭蕉
(かんぶつや しわであわする じゅずのおと)

灌仏会(かんぶつえ)は、釈迦の誕生を祝う仏教行事である。 日本では原則として毎年四月八日に行われる。と。

例の甘茶をかける「花祭り」。

お釈迦様だからインドとなるわけで、この四月八日はインドの暦では何時なの?と疑問。

釈迦の誕生日はインド系太陽太陰暦第2月15日としてウェーサーカ祭で祝う。インド暦2月は中国暦で4月から5月に相当するため、中国暦4月に翻訳されたと考えられている。と。

で、結局よくわからんが、本日は旧暦で四月十三日。

芭蕉さんの時代なら毎年今頃の行事だったっうことがわかったずら。

さて、さて、
人生劇場終盤の余は、時に、自然界の同類にも共感の心。

ニセアカシアの老巨木のなんとも美しくたくましき皺にもである。

つけても気の毒に、ニセアカシアは何故に、一生を「偽者」的に呼ばれ終えなければならんのか?

ニセアカシアの花の可憐さと芳香は格別だじ。

正真正銘なのにさ。

新樹どきニセアカシアの苦き皺 半可ξ
(しんじゅどき ニセアカシアの にがきしわ)


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5月28日

五月雨に鶴の足短くなれり 芭蕉
(さみだれに つるのあし みじかくなれり)

延宝九年(天和元年)、芭蕉38歳の作。と。

今日の注目pointは「五月雨さみだれ」。

五月雨と書くから、現在の「5月」の雨だと思っちゃダメダメっう話。

旧暦と新暦(西暦)のタイムラグが、現代人の感性に影響を与えているなどと、言いはせぬが、言いたくなる程の「ズレ」だわさ。

ちょっと、話がそれますが、
余は旧暦時代の年月には「和数字一二三・・」を使い、新暦(西暦)のそれには「数字123・・」をつかう。

つまり元禄15年12月14日なんてダメダメで、
ちゃんと元禄十五年十二月十四日と書くと決めている。

だってその日は新暦(西暦)1703年1月30日だもんね。

でも、新暦(西暦)つまり太陽暦採用の後は、余も堂々と、元号年月日にも、明治10年7月9日と便宜上数字を使う時もある。

閑話休題

昔も今も、「さみだれ」は、新暦(西暦)の6月の梅雨時期の雨でござんした。たまたま昔は太陰暦使用のため五月の雨で「五月雨」だったわけ。

で、「さみだれ」に、現代では現代の感覚で文字を当てるとすれば、ぜひ「6月雨」でとお願いしたくなるのであります。

ちなみに、
「五月蠅(うるさい)」も「6月蝿(うるさい)」に、梅雨の合間の晴れの「五月晴れ(さつきばれ)」も「6月晴れ(ろくがつばれ)」にと半分くらいまじにと半分冗談で思っているでごんす。

さてさて、本州梅雨入りのnewsなど聴きつつ、鶴の足の短くなれりで、余の近況。

夏の夜のみじかくなれりボクと墨 半可ξ
(なつのよの みじかくなれり ぼくとすみ)


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5月30日

内宮は事納りて、外宮の遷宮拝み侍りて

尊さに皆おしあひぬ御遷宮 芭蕉
(とうとさに みなおしあいぬ ごせんぐう)

元禄二年九月十三日。と。

むろん、今も昔も大人気イベントお伊勢様の遷宮見物だす。

さて、昨日も郊外の蕎麦屋さんまでランチサイクリング。

開店の40分も前に着いてしまったので、近所にある図書館で時間つぶし。

その時読んだのが、嵐山光三郎の「う、うまい!」から「蕎麦仲間そばだち」。

東京の老舗蕎麦屋がいくつか出てきてなつかしい。

ちなみに余は東京では室町砂場が一番好きだ。

余のいまの蕎麦仲間は、ひとではなく、自転車だ。

そろそろ時間だと、店に行くと、開店後10分というのに、カウンター2席残して満卓なり。びっくり。

セイロ大盛り。

このお店、余は札幌蕎麦屋番付で東の横綱としているとこだが、昨日の出来はイマイチ?であった。

味よさに皆おしあひぬ夏暖簾 半可ξ
(あじよさに みなおしあいぬ なつのれん)

お店の赤暖簾、冬も夏も同じだけど、ゆるしてちょんまげ。


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5月31日

影は天の下照る姫か月の顔 芭蕉
(かげはあめの したてるひめか つきのかお)

寛文七年、24歳芭蕉以前の作。と。

影は「光」が「日光」に対して「月光」のことだす。

月光は天下を照らす姫君だっうことだと。つまらん!

さて、
朝から天気が悪く、空の下を走り回るわけにもいかず、電車で中心街までGO。

駅の商業スペースには、随所に様々なアートが展示されているのだが、普段さあーっと通りすぎるあたりで、足が止まった。

おもろい!

長年ここいらをうろちょろしていたのに初めて見る感じがした。

群馬出身の山下工美さんの作品だと。

こんどまねしようと仕組みをまじまじとみたが、予想通り、スポットライトとボード一枚のみ。

梅雨の下アートもとめてそこかしこ 半可ξ
(あめのした アートもとめて そこかしこ)


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囂kamabisuan庵