


コラムっうたって、余が思いつきをダラダラ書き残したモノ。 古写真のことも、政治のことも、旨い話しも、不味い話しもごちゃごちゃ。

「二足」と「草鞋」が入る句は 1句
草鞋を二足持て行け草の露 明治29年
さてさて、
令和時代の話です。
行政と立法の二足の草鞋をイケシャーシャーと履いた人がいた。
高市自民党総裁で内閣総理大臣になった人だ。
この人それまでは、予算委委員会で憲法改正発議について聞かれると、決まって、国会がお決めになることで、そちらにお聞きくださいと答えた。
しかし、”総理会見”でお気に入りの記者に質問されると、グダグダと自民党発足以来のテーマですと答えた。
しかも、その詳細についてはいっさい語らなかった。
余計なことを喋ると、色々質問され、悪事のネタバレで、目論見が頓挫することを執拗に恐れたからだ。
この人の一派は、基本、口先で人を脅し脅し脅し脅し脅し、そして、その場からさっさと逃げさる、無責任な人ばかりだった。
さらに、大金を払い、ネトウヨという「今様の禿」を雇い、批判者を見つけては、寄ってたかって人前で批判者を「犯罪者」呼ばわりをさせて回った。
この人の一派は、全てがとても下品で、国民には、知性のカケラすら感じさせなかった。
その高市首相が、
解散総選挙前に決まっていた、訪米ゴマスリ外交のために、
解散総選挙で遅れてしまった来年度の予算審議を形骸化し、
「喫緊の経済政策実現のため1日でも早く」などとウソで国民を騙し、
なんと、行政の長が、立法のスケジュールに、自民党党首だからと、堂々と二足の草鞋を穿いて、当然のように介入していった。
通常は二ヶ月かけて審議するのを、止めにするというのだ。
これは、三権分立の精神を大きく逸脱した行為で、議会の審議などは形式で、単なる”行政のための儀式”と捉えているに過ぎない行為だと、誰もが大いに驚いたという。
理由は、兎に角、トランプに会うために、国会を中断するわけにはいかないと、浅知恵を働かせてのことだと、誰もがわかっていても、誰もが口を固く閉じていた。
・・・・・・
こうして、民主主義国家の常識として決して許されることではないことが起こり、日本の民主主義は崩れていったのだそうだ。
