囂kamabisuan庵

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1月6日

今年も子規の句

新年 が入る句は 13句

新年や床は竹の画梅の花 明治28年
梅さげて新年の御慶申けり 明治28年
新年の上野寂寞と鴉鳴く 明治29年
新年の霜と消えたるはかなさよ 明治30年
新年の棺に逢ひぬ夜中頃 明治30年
新年の墨水語り其村吶る 明治30年
新年や鶯鳴いてほとゝぎす 明治30年
蟹を得たり新年会の残り酒 明治33年
蟹を得つ新年会の残り酒 明治33年
新年稿成つて萬斛の血を灑きけり 明治33年
新年の白紙綴ちたる句帖哉 明治33年
醉蟹や新年会の残り酒 明治33年
寝後れて新年の鐘を聞きにけり 明治34年

AIに教えを請うた結果、以下、AIの説明。

正岡子規の句「新年の墨水語り其村吶る」は、子規が新年を祝う句会で詠んだ俳句の一つで、当時の俳句界の状況や子規の姿勢を反映した内容と解釈されます。

この句は、以下のような意味や背景を持つと考えられています。

「墨水」と「其村」: これらは子規の俳句仲間や弟子を指す雅号(ペンネーム)と考えられます。

墨水(ぼくすい): 寒川鼠骨(さむかわ そこつ)の別号(あるいは別名)です。

其村(きそん): 村上鬼城(むらかみ きじょう)の別号(あるいは別名)です。

句の情景と意味:

新年を迎え、子規の周りに集まった俳句仲間たちが、新年の挨拶を交わしながら、楽しげに俳句について語り合ったり、談笑したりしている情景を描いています。

「語り」や「吶る(どなる)」といった表現から、非常に活発で賑やかな句会の様子が伝わってきます。これは、伝統的な静かな新年の句とは対照的であり、子規を中心とした新しい俳句運動の活気を示しているとも解釈できます。

背景:

子規は結核を患い、長い闘病生活を送っていました。そのため、句会は子規の病床(子規庵)で開かれることが多く、多くの門弟や友人が子規のもとを訪れていました。

この句は、病床にありながらも、文学に対する情熱を持ち続け、仲間たちとの交流を大切にしていた子規の姿を垣間見せています。

つまり、この句は、新年を迎え、子規の病床に集まった弟子たちが、活発に俳句談義をしている賑やかな様子を描いたものです。

1月27日

今日も子規の句

田圃たんぼ が入る句は 3句

冬枯や張物見ゆる裏田圃 明治27年
春雨や帰る須崎の裏田圃 明治30年
家ヲ出テ根岸田圃ノ杉菜カナ 明治35年

昔田畑今電畑

米価が当たり前のように2倍となって、農家は一息つき、庶民はため息を吐く。

人口が減り米の消費も減り減反も進み、まるで伝統工芸品のような扱いで、日本の米作は文化として生き延びるのだそうだ。

嘗て日常雑器であった備前焼が高級民芸作品となったような運命の道を、将来の日本の米は歩むのだそうだ。

昔の「田畑」が、今は「電畑」となったように、今の「一票」の為に、将来の「一俵」は民衆の前から消えていくのだ。

これが今の政治がやってることさ。

1月31日

今日も子規の句

初音 が入る句は 8句

鶯に胸うちさわぐ初音哉 明治26
鶯の覚束なくも初音哉 明治26
鶯の初音は風にとられけり 明治26
風吹て涼しき蝉の初音哉 明治26
鶯の吉野を出たる初音かな 明治27
鶯のものしり顔に初音哉 明治28
時鳥あれと隣の初音かな 明治28
初音聞け春の根岸の枕売 明治29

先週の大雪、そして本日、またまた大盛りで追加。

で、街々の生活道路の除雪が全く捗らず、

公示以後選挙カーなどいまだに一台も来ない。

静かなもんだ。
 鶯の初音も聞かぬ総選挙 令和八年

囂kamabisuan庵