丙寅入日紀覚帳雑感御免被ります

京都の写真師保利与兵衛の末裔家に伝わる「丙寅入日紀覚帳」という貴重な史料がある。 この「丙寅入日紀覚帳」は慶応二年十一月二十一日に始まり、慶応四年五月三十日までの日々の売上げの記録である。 入日紀はその名の示すように、収入のあった日のみの客数と売上げの記録であり、収入の無い日については、その理由すら推察することもできない。

そこで当HPでは当時の在京者の二三の日記から天候と社会情勢を入日紀に対応して書き出し検証をしてみることにした。 予想通り、記録のない日、即ち商売がならなかった日は、ほとんどが天から雨雪の降る天候の日と、町の雰囲気が「それどころではない」天下巷に血の雨が降るような不穏な情勢下の日である。

むろん雨降の日の営業もある。しかしそれも小雨の日とか、午後から雨とか朝方だけの雨のような、終日降雨の日ではない、比較的穏やかな日と推測できた。

また、終日雨の日は、ほとんどが、完全に休みである。
ところが、慶応四年春に入ると、なんと與兵衛自ら「大雨降り」と記録した日の営業売上げがある。大変化だ。
ふって湧いた、空前の写真ブームで、急遽、寺町高辻上るに、「大きなガラスの光取り」のあるスタジオ式写場を新しく建てたのではと、記録をよく確かめてみると、本格スタジオはまだまだ先のことのだった。

「大雨降り」は売上げの少ない単なる理由書きで、終日雨降の日は殆ど営業が出来ていないことが、記録から分かるのである。これらの事実から、まだこの時期の與兵衛さんの写真處は、青天井の下にあった「仮写場」だったからだとわかるのだ。

そんなことから、この時代の堀与兵衛の写場が、従来から言われているような「ガラス屋根の全天候型スタジオ」という説には、頭を傾げたくなる。この時代にはまだガラス屋根式スタジオを取り入れていなかったと考えるのが正解だと思うのである。
「大きなガラスの光取り」のある写真スタジオになったのは、京都の情勢が安定した明治期と見るのが自然なのである。

よって、当時の保利与兵衛ラベルの「GLAS HUIS」とは、文久年間からの家業である「ガラス屋さん」、すなわち、オランダ語の「ガラスの家=GLAS HUIS」ではなく、「ガラス屋（商）=GLAS HUIS」の方の意味だったんだと思うのである。

それにしても、慶応二年ごろから、硝子屋根の本格的な写真館なんて、どなたがお調べになったものか？
「丙寅入日紀覚帳」の示す事実から、そんな「おばけ伝聞」をいまや右から左に信じていては始まらない事を、心ある研究者諸氏に申し上げる。

※「おばけ伝聞」とは、足（根拠）がないがインパクト（好奇心をそそるもの）のある伝聞

いずれにしても、こんなことをほざいていると、この入日紀覚は祇園出店の分で本店は別とか・・根拠無しで必死に古説に足を付けようと無根拠の新説を建てる輩も出るだろう。そんな輩は無視しよう。いやいや、現状では何も従来説を証明する証拠は無い従来説を弁護する方には、それなりに論理的に・具体的に・根拠をもって「おばけ伝聞」の「足」の部分の解明をお願いしておこう。どんな先生の御説も、所詮、いまだに上出来の講談レベルの伝聞をもとに成り立っているに過ぎないと、HP子は残念に思うのである。庶民史の限界として放置するのも悪である。この際、「丙寅入日紀覚帳」をじっくり見ることで邪念を吹き飛ばして戴こう。

HP子は、常に根拠をもって推論する努力を試みる。
そのために、與兵衛さんの入日紀覚帳と、他の方々の日記などを、チマチマと付け合わせたのがこのページである。これらの小さな記録に基づくdataの「村」を根拠に、細々と推論する。ゆえにHP子は大先生たちよりまだ程度が良いのだと自負している。
このページはそんなHP子の考えから、できるだけ多くのdataを並列して検討しやすくしたつもりであるが、かえって複雑なニュアンスを生み出してしまった感もぬぐえない。今更ながら、人々の個性の差には一蓮托生で済まされない何かがあると感じている。

こんな目線で、私は　堀与兵衛さんの残してくれたスパーdata「丙寅入日紀覚帳」を読まさせて戴こうと思う。
まー怒るな怒るな　権威主義者諸君。
諸君も　まず　そうしなさい。　そうしてから　考えなさい。　考える人に、愚者も賢者もあり得ない。